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リレーエッセイ

レコード

物質・材料研究機構 高森 晋 氏

音楽を聞くのが好きな方は多いと思います。皆さんはどのように音楽を聞いておられるでしょうか? 最近は、スマートフォンなどの普及もあって、音楽をダウンロードし、ヘッドホン(イヤホン)等で聞くという方が多いように思います。私が子供の頃はいわゆるレコードでした。最近レコードがちょっとしたブームになっているようです。久しぶりに、レコードの事を考えてみると、製造工程に鋳物と共通する部分があると思いました。波形の刻まれた型から、転写によりレコードを何枚も作り出すからです。

 さて、レコードの製造過程ですが、アルミの板に樹脂をコーティングしたものにカッティングマシーンと呼ばれるもので溝を掘ります。これをラッカー盤といいます。これだけでもレコードになりますが、耐久性に乏しいので何回も再生するのには向いていません。ラッカー盤を電鋳で反転させたものが、マスター盤と呼ばれます。「電鋳」というプロセスに「鋳」という文字が使われていますが、原理的には鋳造ではなくメッキです(電柱の方がよっぽど鋳物っぽい)。更にこれを転写反転させたものがマザー盤、そしてもう一回転写反転させたものがスタンパー盤と呼ばれ、レコードを作る型となります。レコード製造は転写の連続ということになります。

 レコードに記録される周波数ですが、レコードの録音されている部分の半径を10cm、回転数を33回転とすると、60秒で2094cm走行することになります。1秒あたりでは34.9cmです.10kHzの音が録音されているとすると、34.9μmの波長となり、一般のCDの限界の22kHzでは、15.9μmの波長となります。精度さえ出ていれば、レコードでかなりの高周波成分も記録されている事が想像できます。20kHz以上は人間の耳には聞こえないという事で、CDの周波数帯域が決まったようですが、耳の良いマニアの方には不満が残るようです。レコードはアナログ技術ですが、デジタルよりも優れていると思っておられる方も多いようです。


レコードと溝のSEM像

 またレコードというものの原理は、直感的にもわかり易いように思います。要するに、音の波形がそのまま溝に刻み込まれているからです。音の波形の鋳型に樹脂を鋳込んでできた物がレコードということになります。レコードの溝を拡大して観察すると音は波である事が一目瞭然です。CDやDVDをいくら拡大してみても、これが音や映像になるとはピンときません。デジタルはデジタルの良さがあるのはわかりますが、人間の感覚としてはアナログの方がわかりやすいと思います。レコードの原理がわかり易かったことから、子供の頃、自分で手回しレコードプレーヤーも作ってみたりもしました。作った手回しプレーヤーに当時持っていたアニメソングのシングル盤をかけ、そこから一応音が出てきた時の事はいまでも鮮明に覚えています。子供の頃、レコードに触れることによりなんとなく、工学に興味を持ち始めたのかなとあらためて思っています。

 残念ながら今は一枚もレコードはなく、全てCDであり。もちろんレコードプレーヤーも持っていません。レコードブームということで、何となく子供の頃を思い出し、またいつの日か、レコードを聞いてみたいなと思うようになりました。

 ところで、もしミクロン単位で鋳物の表面が制御できるのであれば、表面形状を読み取ると音楽や映像が流れる鋳物も製造可能になる事になります。そんな鋳物はできないものでしょうか?