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リレーエッセイ

大学生と技術革新

千葉工業大学
工学部 教授 本保元次郎

本保 元次郎 氏 少し前の新聞のコラムに、『ささやかながら、貴重な体験だった。某大学の学生のレポート読んでいたら、驚かされる一節に出くわした。「60年安保を大学時代に経験したので・・・」どう考えても、筆者(学生)の年齢が半世紀ほど合わない。世に言う「コピー・アンド・ペースト」、略して「コピペ」である。・・・・』と載っていた。

 世間から見ると、このようなことは学生の一部のことで稀なことと思われがちだが、当節の大学生ではそうではない。レポート課題などを出した時には、インターネットからダウンロードしたとしか思えない文章が多く見られ、図書館で調べて書いたのだろうと推測されるレポートは少なくなり、手書きに至っては極稀である。また、一字一句、間違った箇所まで全く同じレポートが幾つも見られることが良くある。このような場合、本来なら他の学生のレポートをそのまま写した(コピー)したと考えられるので不可または再レポートとするところである。しかし、彼らに問いただしてみると、全員が「自分で調べてレポートを作成した」とのことである。そこで、その顛末をよく聞くと、同じキーワードを用いてインターネットで検索、たまたま同じホームページでレポートに都合の良い文章を見つけて、ダウンロードし、そのままコピペしたようなのである。こうなると、「他の学生のレポートをコピーした」とも言えず、私は複雑な気分で点数を付けざるを得なくなる。確かにものを調べるのにインターネットは大変簡単で便利であるが、身に付く知識になっているかどうかはいささか疑問である。

 最近、講義中に学生が持っている携帯電話が気になってしょうがない。「着信音がうるさい」とか、「メールを打っている」とか、「ゲームをしている」とかではない。写真なのである。以前は黒板に板書をすると、ノートに写すのが普通であり、特に前のほうに座っている学生は熱心にノートを取っていた。試験前になると、ノートを取っていなかった学生はまじめな学生のノートをコピーしたりして勉強するのが普通だと思っていた。ところが今、板書が一段落すると前列付近に座っている中の何人かの学生が携帯電話を取り出しておもむろに黒板を撮影する。黒板を消して、また新しい板書が一段落するともう一枚撮影する。90分の講義では10枚弱撮るようある。前列は、ちょうど良い撮影距離になるようである。しかし、そこから写真を撮られるとなると何かと気になる。昨年まではこのようなことは殆どなかったのだが、最近の携帯電話は画素数が多くなったことで、黒板の内容が十分に読み取れるようになったことが原因のようである。

 いずれにしろ「コピペ」ではないが、様々な便利な技術が生まれるにつれ、人は、特に学生は、だんだんと横着になっていくようである。