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リレーエッセイ

人材育成と「三つ子の魂」

株式会社IHI  黒木 康徳

黒木 康徳 氏 「三つ子の魂、百まで」という言葉があります。ご存知のとおり、「幼い頃の性格や気性は、年をとっても変わらない」ことを示したことわざで、ひいては、「三歳までの躾が一生の物事への取り組み方(性格・性質)を決めてしまう」という意味でも使われています。
 スポーツにおいては、9歳から12歳が「ゴールデンエイジ」と呼ばれ、神経系の発達がピークを迎える時期に当たります。それゆえ、一生に一度だけ訪れる、あらゆる物事を短時間で覚えることのできる「即座の習得」を備えた時期だそうです。学習においても同じ時期が「ゴールデンエイジ」であると唱えられています。要するにこの時期にしっかりした基礎を作っておくことが将来の成長に効くということです。

 皆さんも目の当たりにしたことがあると思いますが、この時期の子供たちの吸収力はまさにスポンジで、瞬時にすべてのことを写真に撮るように記憶してしまいます。まったく集中できていないように見えて、実は、全ての瞬間に集中しているのだそうです。あの吸収力のひとかけらを、今、手に入れることができたら素晴らしいのですが・・・。

 閑話休題,「三つ子の魂」や「ゴールデンエイジ」を考えると、幼い頃に形成されたものは一生変わらないようにも思えます。おまけに「鉄は熱いうちに打て」なんて言葉もあります。企業で人材育成はできるのでしょうか? 会社に入社した直後の3年間が人材育成に最も重要との認識は、皆さん共通でしょう。社会人としての規律や、研究者であれば、企業での研究の進め方が身につくのは、この3年間です。不幸にも、この時期にきちんと育成してもらえなかった社員は、後々問題をしでかすケースがよくあります。会社に入った後も「三つ子の魂、百まで」です。
少し戻れば、研究者としての「三つ子の魂」は、大学教育に担っていただいています。研究室で自分自身のテーマを与えられてから、例えば、修士課程修了までの3年間が「三つ子」の時期と思います。かつての新人採用では、「大学での研究(専門)は、企業に入って5年もすれば関係ない」などという声をよく聞いたものです。しかし、「研究者」としての初仕事をした大学時代の3年間は「三つ子の魂」を形成した貴重な時期で、意外と歳を重ねたあとでも覚えているものです。こうしてみると、「三つ子の魂」を持つチャンスは何度もあるようです。「変化」の時期は「再び生まれるチャンス」なのではないでしょうか。
 「ゴールデンエイジ」は、どうでしょう。おおよそどこの企業でも同じと思いますが、入社後10年選手くらいになると一気に業務量も増大します。しかし一方で、それらを理解し、対応できるようになる世代でもあります。そして、その時期までの経験が企業人としての幅広さや深みを形成し、その後の自分自身の成長や若手の指導力を担うものと思います。無理な解釈かもしれませんが,これも「ゴールデンエイジ」でしょう。

 江戸時代のことわざに、「三つ心、六つ躾、九つ言葉で文十二、理十五で末決まる(みっつこころ、むっつしつけ、ここのつことばでふみじゅうに、ことわりじゅうごですえきまる)」というものがあります。これは、三歳で心を作り、六歳で躾を完了して、九歳で正しい言葉を使え、十二歳で親の代筆ができて、理屈が十五歳で理解出来れば人間的にもう心配はない、という意味です。「三つ子の魂、百まで」の元になった言葉とも言われています。一人前になるには15年はかかる、と読めば、意味深いことわざです。さすがに現在では、こんなにのんびりしたことは言っていられませんが、人材を育てるにはこのようなステップを踏むことが必要という点で示唆に富んだ言葉と感じます。そして、9年から12年という時期が、「心」と「躾」を基に成長が発現する時期であることも間違いないと思います。
 こうしてみると、人材育成とは、「三つ子の魂」を形成すべく「変化」のチャンスを与え、「ゴールデンエイジ」の時期を実り多きものとするために、「心」と「躾」を形成すること、と思えます。さらに言えば、人材育成における「適材適所」とは、「適材を適所に配置する」ことではなく「適材となるような機会を持てる場所に配置する」が本質なのかな、と思う今日この頃です。