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リレーエッセイ

皇帝の故郷鄭州に訪れて

日本坩堝株式会社 朴龍雲

 “少林寺拳法”なら日本人にとっては耳に聞きなれた方が多いかもしれない。しかし、日本で流行っている“少林寺拳法”は中国“嵩山少林寺の武術”とは別物であることを知っている日本人は少ないでしょう。“少林寺拳法”の発祥の地である少林寺は中国河南省登封にある中岳嵩山の少室山の北麓にある寺院である。前身は北周代に洛陽城内に宣帝が創建した陟?寺であり、隋の文帝代に、勅によって寺名を“少林寺”と改めた。この寺院は大昔、インドから中国に渡来した達磨による禅の発祥の地とも伝えられ、中国禅の名刹である。

 この少林寺エリアを管轄している都市が鄭州市である。鄭州は中華文明の発祥の地でもあり、夏、商、周、春秋、南北朝に渡り、都として栄えた(約870年間)。鄭州市では人々からよく“三皇五帝”と言う言葉を聞く。“三皇五帝”と言うのは商朝の前に中国の古代文明に大きな影響を与えた三人の“皇帝”と五人の“帝王”のことである。“三皇五帝”の人物像に関しては、様々な伝説があるが、“三皇”には燧人、伏羲、神農、“五帝”には黄帝、??、帝?、?、舜が有力である。黄帝は約5000年前に今の中国の始祖として軒轅の丘で生まれたと言われている。37才で“皇帝”になり、‘新鄭’を都に定め、今の鄭州エリアを中心として活動した。黄帝には25人の息子があったが、4人の皇帝と夏、殷、周、秦の始祖を初め、数多くの諸侯が黄帝の子孫であるとされている。その一方、黄帝は中国漢方医学の始祖でもあり、現在でも尊崇を集めている。現存する中国最古の医学書『黄帝内経素問』、『黄帝内経霊枢』も、黄帝の著作とされている。

 日本人にとっては、昔から一つの中国の古典が親しまれ、愛読されてきた。それが“三国誌”である。“三国誌”は、魏王曹操、呉王孫権、蜀王劉備三人の人物を中心とした友情と争いの物語である。かつて、劉備・関羽・張飛の3人は桃園で「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん」と結義して、魏王曹操、呉王孫権と戦った。今になって冷静に考えると敢えて曹操、孫権、劉備3人はトウモロコシ畑もよかろう、なぜ結義しなかったのでしょう。もし、結義していたら、かえって多くの民の命と財産を救ったのではないでしょうのか。

 そもそも、三国誌と鄭州市は何か接点があったのでしょうか。それは、魏王曹操である。かつて、曹操は今の鄭州エリアを中心とした河南省を本拠地として広範な北方領土を統一した。曹操の埋葬地は長年不明であったが、近年河南省安陽市安陽県安豊郷西高穴村で約740平方メートルの面積の陵墓が発見され、「魏武王」と刻まれた石牌などが発見され、曹操のお墓だと推定されている。お墓の中から男性の遺骨が見つかり、DNA鑑定を急いでいる。

 この地には約4,000年前から、お酒を醸造する文化があり、いまだに醸造している地酒が“杜康”である。曹操もこのお酒を愛飲したと言われており、こんな漢詩も残している。「酒に対して当(まさ)に歌うべし;人生幾何(いくばく)ぞ;譬(たと)えば 朝露の如(ごと)し;去る日は苦(はなは)だ 多し;慨(がい)して当に以(もっ)て、慷(こう)すべし;幽思(ゆうし)忘れ難(がた)し;何を以てか憂いを解かん;唯(ただ)杜康(とこう)有るのみ」。1972年、日本の田中角栄総理大臣が日中国交正常化の為、中国に訪れた。周恩来首相は、盛大な宴会を設け接待したと言う。宴会で、田中角栄総理大臣がお酒を飲みながら「世には美味しい数々のお酒があるが、唯(ただ)杜康(とこう)有るのみ」と感嘆したと言う逸話がある。その一言のお蔭で、“杜康”の醸造工場がそれから素晴らしい発展を遂げたと言う。

 今回、中国鋳造工学会の2014年全国大会に参加する為、日本から中江秀雄先生、寺嶋一彦先生、清水一道先生と一緒に訪れた。仮に、タイムカプセルが存在するとすれば、“三皇五帝”、魏王、呉王、蜀王、周恩来、田中角栄、中江、寺嶋、清水の各氏それぞれが何を論じるのでしょうか?日本“少林寺拳法”と中国の“少林寺武術”の相違点でしょうか?それとも美味しいお酒“杜康”でしょうか?勿論、昔からの、永遠不変の民の生活を向上させ為の鋳物などの物づくりじゃないかと私は思う。

 鄭州は、3,500年前に商(殷)王朝の時代から青銅精練技術や陶器生産技術が大変発達していた。鄭州は数千年間の発展を遂げ、今は中国の重要な鉄道、航空、高速鉄道、電力、電信の中枢に変貌し、中部の重要な工業都市として変わりしつつある。今は、自動車、機械製造、電解アルミ、食品、縫製、電子・情報六大中堅産業がある。その中でもアルミナの生産量が全国シアの50%、冷凍食品が全国のシアは40%を占めており、アジアで最大・最新の大中型車両生産基地になっている。

 経済特区には2,556社の企業が集まっているが、日系企業は東風日産自動車鄭州、日本UNIPRES社、鄭州川島機械設備有限公司、伊藤忠セラテック株式会社など十数社が活動を始めている。鄭州はこれからも更に大きく成長することに間違いない。その勢いはこれから多くの人々を驚かせるだろう。