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リレーエッセイ

続 昔の記憶

(株)キャデット 代表取締役
橋 本 一 朗

「今年の氷はいいみたいだよ」。駅長さんが言う。じゃあ、その前にちょっと腹ごしらえ。待合室の達磨ストーブの上に食パンを置く。達磨ストーブトーストだ。丁度、ストーブ上面の文字の所で焼けた部分が、適度に焦げて、歯ごたえ良く実に香ばしくて美味しい。

いざ出陣。カメラ、三脚OK。そしてヤッケ、ブーツ。なにしろ厳冬のオホーツク。
海にも氷が流れてくる季節だ。まあ寒いこと。ストーブに別れを告げ、外へ。
駅の前の海は流氷で埋まっている。

さあて、行くか。何処へって?もちろん流氷の氷の上だ。
三脚で足下の氷をつっつく。行けそうだ。一歩踏み出す。OK。数歩歩く。
大丈夫そうだ。そのまま氷の上を沖に向かって歩く。順調。1時間程歩いただろうか。
しまったちょっと油断した。

氷のゆるい所に片足が膝まではまる。身体がつんのめる。何とか持ちこたえた。靴は冷たいがまあ何とかなるだろう。誰かに聞いた。「氷の下に落ちたら、上の海面を見て、暗い所を目指せ。そこの氷は穴が開いているから。明るい所は氷だからそこからは上がれない」、と。危なかった。

沖に出て数100メートル。岸に向かって三脚、カメラを構える。来た来た。のどかな煙をたなびかせながら、数両の貨客車を引いたC58が。1969年2月。北海道釧網本線 北浜駅“沖合い”。

それから約40年。


北浜駅2006年

年を経て訪れた北浜駅にはもはや達磨ストーブの煙突は無かった。聞くところによると、今は、昔のように流氷の上は簡単に歩けないらしい。ちょっと待った!突然よみがえった昔の記憶。今気付いた。鋳物と僕との出会いは、あの“北浜駅”の達磨ストーブじゃあないか...。(終)