中山道を踏破してから半年後の2003年4月6日に甲州道中を歩く。江戸時代の甲州道中は起点の日本橋から中山道と合流する下諏訪に至る全長55里(約220キロ)に45の宿場があり、現在の国道20号線がその
ルートを継承している。
甲州といえば16世紀後半、甲斐に60余年にわたって君臨していた武田信玄の名がまず浮かぶ。その武田信玄が釜無川の氾濫を防ぐため、17年の歳月をかけ築いた「信玄堤」は甲府の西、竜王町を流れる釜無川の左岸3キロにわたる。武田信玄は治水の名将でもあった。信玄堤は信玄神社をはじめケアキ、エノキが生い茂る森林公園となっている。堤防からは南アルプスの鳳凰三山、川下の方向には富士山を眺めることができる。
甲州道中は韮崎を過ぎると、釜無川に沿って七里岩の切り立った断崖が続く。韮崎宿を出て釜無川に沿って進むと、一ツ岩の路傍に「十六石」の石碑が立っている。武田信玄が晴信といわれた頃、釜無川の水害から部落を守るため堤防の根固めに並べた巨大な岩が十六石でその後、徳川時代になって人家が集まり、韮崎宿が栄えるようになったといわれる。 |