誰でも分かる技術

誰でも分かる鋳物基礎講座

鋳鉄の熱処理(第3回)

ものつくり大学 製造学科  鈴木 克美
3 鋳鉄の熱処理目的

鋳鉄の主な熱処理の目的は次の通りである。
 1)機械的性質の調整や改善(強度・延性・靭性・硬度・組織改良など)
 2)加工性の改善(硬度・黒鉛化・組織改良など)
 3)鋳造応力の除去(残留応力除去・反り修正)
 4)チル組織の分解(可鍛鋳鉄、薄肉部チルの分解)
 5)表面の改質(焼入れ・脱炭・窒化・チル化など)
 6)鋳造変形の修正(反り修正など)
個々の詳細については後述するが、適用する主な熱処理プロセスは表3-1の通りである。

表3-1 鋳鉄の主な熱処理法
熱 処 理 名 目 的
1.焼きなまし(焼鈍) 硬度低減、チル消し(フェライト化)
2.焼入れ、焼き戻し 硬度増加、強度増加、(ソルバイト化)
3.応力除去焼きなまし(歪取り焼鈍) 残留応力除去
4.焼きならし(焼準) 硬度増加(パーライト化)
5. 恒温変態熱処理(オーステンパー) 高強度高靭性化(ベイナイト化)
6. 黒鉛化焼鈍(可鍛鋳鉄・チル消し)  白鋳鉄(炭化物)の黒鉛化 
7. 表面焼入れ(火炎・高周波焼入れ) 表面の硬度を上げる(マルテンサイト化)
4 鋳鉄の加熱・冷却過程の組織変化(その1)

 純鉄の結晶は室温では体心立方格子(bcc)のフェライト相であり、単位結晶格子あたり、2個の鉄原子をもつが、高温になると面心立方格子(fcc)のオーステナイト相に相変態し、単位結晶格子あたり、4個の鉄原子に変化する(図4-1参照)。したがって加熱するとこの時点で体積が収縮し、冷却時には反対に膨張することになる。
 鉄の結晶格子に炭素が浸入して鋼になると、この変態点が変化し、図4-2に示す状態図のG-S線をA3変態温度、S-E線をAcm温度と呼び、冷却時にはγ⇔αの変態が一部進行開始する。 その後、P-S-K線(A1変態温度)でパーライト相+フェライト相の共析変態が進行する。


図4-1 純鉄の加熱冷却時の結晶構造の変化

図4-2 鋼の加熱冷却時の相変態(模式図)2)

 鋳鉄の場合も共析鋼と同様の変態をとるが、冷却時は過共析組成から黒鉛を析出しながら、共析組成(約0.8%C)に至り、パーライト化する。その際に冷却が遅い場合や高Siの場合には黒鉛+フェライト相の共析変態が進行する。
 反対に加熱時の鋳鉄内部ではパーライト相はA1変態温度でγ相(オーステナイト)に変化するが、フェライト相は黒鉛からCを供給しなければγ相になれず、拡散時間が必要になる。そのためフェライト相が存在する球状黒鉛鋳鉄の場合では高周波加熱のように急加熱する場合、拡散時間が不足してフェライトのままであり、焼きが入らないなどの、鋼とは異なる現象が起こる。鋳鉄の共析変態により生じる各種鋳鉄の基地組織(鋳放し)の代表例を図4-3に示す。またその変態温度はSi含有量よって図4-4にように大きく高温側に移動するため、Siを多く含む鋳鉄は変態温度が高くなることを考慮する必要がある。これは先に述べたSiを固溶した「シリコフェライト相」、「シリコオーステナイト相」に起因する。


図4-3 鋳鉄の共析変態で生じる基地組織の代表例


図4-4 鋳鉄の共析変態温度に及ぼすSiの影響 2)

図4-5 鋼の加熱冷却時の寸法変化 1

 図4-5は共析鋼(0.8%C)の加熱冷却時の寸法変化を示す。 図中、「c」は加熱、「r」は冷却を意味する。 共析組成であるから100%パーライト組織からなる素材を加熱すると温度「Ac1」(723℃)でγ相(オーステナイト)に変化する。 さらに加熱後、これを冷却する場合、炉冷では加熱時に近い温度「Ar1」で変態が開始する。 しかし、冷却を空冷→風冷→湯冷→水冷と早くするとAr1温度が低下し、油冷、水冷では大きく過冷して焼入れ組織であるマルテンサイト相が析出し、大きな寸法変化が現れる。 これがいわゆる焼入れ時の「割れ」をもたらす原因になる。 
 
 以上の組織変化と寸法変化の関係は鋳鉄でもほぼ同様であるが、Siによる変態温度の上昇と加熱時のα相からγ相への拡散
時間の遅延、冷却時のパーライト化とフェライト化が黒鉛により左右される点が鋼と違う点である。これは既に示した状態図中の破線で表したA1変態温度(黒鉛+フェライト)の安定系共析の場合と、図中の実線で表したA1変態温度(Fe3C+フェライト)すなわちパーライト化の準安定系共析の違いによるものであり、Si含有量が増えると準安定系は下がり、安定系は上がるのでフエライト相が現れやすくなる。

 鋳鉄の熱処理で冷却速度の違いによる相変態の変化を表現するツールとして、「連続変態曲線(CCT曲線:Continues-Cooling-Transformation)」が参考になる。図4-6は共析鋼(0.8%C)の連続変態曲線(CCT)を示す。この図は加熱してオーステナイト(γ相)化した後、一定の冷却速度で冷却した場合の相変態をそれぞれ示しており、横軸は対数であり、水冷から炉冷までの各種冷却条件での相変態が分かる。詳細な図には曲線に室温における硬度(Hv)が記入されている。 この図から材質・成分毎にどれ位の時間で冷却すればどんな相がどれ位の時間で析出するのかが分かる。またオーステナイト(γ相)化した後、各温度で恒温(一定温度)保持した場合の相変態を「恒温変態曲線(TTT曲線:Time-Temperature-Transformation)」で表した場合を図4-7に示す。  実用的には連続変態(Continues-Cooling-Transformation:CCT)が使われるが、どれ位の時間で保持し、冷却すればどんな相がどれ位の時間で析出するのかが分かる。後述する各種熱処理の冷却過程で発生するパーライト相、フェライト相、マルテンサイト相、ベイナイト相などがどのような冷却条件でどれ位現れるかが理解できるので便利である。

 


図4-6 共析鋼(0.8%C)の連続変態(Continues-Cooling-Transformation :CCT)


図4-7 共析鋼の恒温変態曲線(Time-Temperature-Transformation:TTT)

引用文献 
1) 熱処理ノート:大和久重雄:日刊工業新聞社
2) 鋳物便覧4版:日本鋳物協会編(丸善)p614