誰でも分かる技術

誰でも分かる鋳物基礎講座

鋳鉄の材質及び基礎知識

1. 鋳鉄の組織と材質 - 「1-1 黒鉛形状の機械的性質への役割」
早大 中江秀雄

 お待ちどうさまでした。9月、読書の秋、これから1年間「鋳鉄」をテーマに毎月掲載します。易しく分かりやすく書いて貰いましたが、「ここが分からない」 「私はこう理解した」など感想や意見など遠慮無くどしどしお寄せ下さい。お待ちしております。
 それでは、中江先生の授業から始めます。テーマは「鋳鉄の組織と材質」、これを3回(9月、10月、11月)に分けて掲載します。先ずは<その1>「黒鉛形状の機械的性質への役割」です。

 材料の破壊を考えてみよう。割り箸に切欠きを入れると折り易くなり、強さが低下する ことは良く知られている。同様に鋳鉄中の黒鉛を切欠きとみなすと、片状黒鉛鋳鉄は先の尖った黒鉛なので弱く、 球状黒鉛鋳鉄が強いのは黒鉛が球形なので切欠き効果が小さいため、と考えられてきた。厳密には少し異なるが、 先ずはこれでよしとし、次の議論に入るとしよう。

 次に引張強さに及ぼす黒鉛量の影響はどう考えたら良いのであろうか。
 一般にCE値(ここでは炭素当量CE=C+Si/3)が高いほど黒鉛の量は多くなるので、図1から各種鋳鉄の引張強さに対するCE値(黒鉛量)の影響を考えることが出来る。 これによると、球状黒鉛鋳鉄の強さはCE値に無関係であり、片状黒鉛鋳鉄ではCE値に大きく依存することがわかる。そして、芋虫ではその中間になることもわかる。 何故であろうか?
  先ずは球状黒鉛鋳鉄の強さから始める。球状黒鉛鋳鉄は鋼の基地に球状の黒鉛が体積率で10%程度分散した材料と考えることができる。 球状黒鉛同士が隣接することはほとんど無いので、破壊は黒鉛から黒鉛迄の間、基地を通らなければならない。この基地を通る割合は常に90%であることがわかる。 黒鉛の強度は基地に比べて著しく弱いので、これをゼロとしよう。このように考えると、球状黒鉛鋳鉄の強度は基地である鋼の強度の90%程度であることがわかる。 図のようにCE値を大幅に変化(3.9~4.6%の範囲)させると、黒鉛の体積率は8->12%に変化するが、基地である鋼の部分の体積率は92->88%に変化するにすぎない。 したがって、球状黒鉛鋳鉄の強さは基地組織が決めている。したがって、基地組織をフェライトからパーライトにすることで FCD400 から FCD800 を作り分けているこが出来るのはご承知の通りである。
 次に、片状黒鉛鋳鉄の強さの場合は少し複雑である。ここでは黒鉛の量との関連で説明し、黒鉛組織の影響に関しては次回に譲ることにする。 片状黒鉛鋳鉄の化学組成は通常は亜共晶組成(CE値<4.3%)で、凝固時に黒鉛が生成する範囲をCE値で2.0%から4.3%(共晶組成)と仮定する。 この範囲でCE値が高くなるに伴い顕微鏡組織中の黒鉛量が増えるばかりでなく黒鉛形状が長く太くかつ連続性が増すことが知られている。 鋳物の破壊は、何処かで発生した亀裂が黒鉛と基地を伝播して破断にいたる。従って鋳鉄の強度は亀裂伝播経路上の黒鉛と基地の割合に依存しているのである。 著者の研究では片状黒鉛鋳鉄の場合、伝播経路の基地の割合は20~40%※※との結果を得ている。基地を鋼と仮定して強度900MPaとするとこの鋳鉄の強度は180~360MPaとなるのがわかる。 これが球状黒鉛鋳鉄に比べて低いCE値を有するにもかかわらず、片状黒鉛鋳鉄の強度が低い原因であり、球状黒鉛鋳鉄の強度のように単純な顕微鏡組織の黒鉛と基地の比で説明できない理由である。
 この値はなかなか良い値ではあるが、この辺の詳細は筆者の解説記事や著書※※を参照されたい。ここでは、球状黒鉛鋳鉄でも片状黒鉛鋳鉄でも「破壊に占める基地の割合が強さを決めている」とだけ言っておこう。

参考文献
中江秀雄:鋳造工学 77(2005)51
※※ 中江秀雄:鋳造工学、産業図書 第5版 (2004)29