誰でも分かる技術

誰でも分かる鋳物基礎講座

アルミニウム合金の時効熱処理と析出硬化(第1回)

東京工業大 精密工学研究所 先端材料部門
教授 里 達雄
1 はじめに

 アルミニウムには、よく知られているように様々な合金があり、現在、広く利用されている。これらのアルミニウム合金を光学顕微鏡などで観察すると、いろいろな形態の組織(ミクロ組織)が見られる。アルミニウム合金で観察されるこれらのミクロ組織は合金の強度や延性等の力学的性質と密接に関係している。従って、組織を制御することにより素材の特性を向上させることが可能であり、逆に、素材の特性を向上させるためには最適な組織を作り出す必要がある。ところで、組織と一口に言ってもこれらには様々な形態や大きさ(スケール)があり、それぞれが材料の力学的特性と深く結びついている。組織のスケールとしては、たとえば、マクロスケール(マクロスコッピク)、ミクロスケール(ミクロスコピック)、さらにはナノスケール(ナノスコピック)などが存在する。これらの各スケールで、たとえば図1に示すように、鋳造組織、結晶粒組織、析出組織、転位組織などとよばれる特有の組織がある。


図1 材料組織学と材料強度学の位置づけ。
材料組織には、マクロスコピック、ミクロスコピックおよび
ナノスコピックのスケールのものが存在し、種々の物性と関係している。

 これらの様々なスケールの組織と力学的特性との結びつきの例を表1に示す。力学的特性としてここでは、強度、伸び、靭性、高温強度、さらには環境強度などを示すが、これらの各特性は上述の材料組織と密接に関わっている。


表1 製造プロセス別合金、ミクロ組織および力学特性
*印は時効熱処理に関わるミクロ組織

 さて、本講座ではアルミニウム合金の熱処理、とりわけ、時効熱処理の観点から組織をつくり出して特性向上を図ることに主眼を置き、基本原理・現象と実用化の視点で解説を試みる。一般に、金属材料の熱処理として鉄鋼材料や鋳鉄材料を対象とした解説、テキスト、書籍などは多く出版されているが、非鉄材料、たとえばアルミニウム合金の熱処理に関するものは極めて少ないのが現状である。基礎現象としては、鉄鋼材料と非鉄材料とで多くの共通点があるが、一方では、アルミニウム合金に特有の現象も多くある。そこで、本講座では基礎原理・現象の理解にまず重点をおき、次いで、それらの応用としての実用材料のケースについて説明する。

 なお、できるだけ平易な説明を心がけ、定性的に理解できるようにすることを念頭に置き、必要な箇所では定量的な扱いについても述べる。ただし、それらの箇所や数式の部分はスキップしても理解できるように努めるつもりである。本講座は全12回の予定であり、構成を以下に示す。

第1回(本稿)
1.はじめに

第2回
2.アルミニウム合金の時効熱処理の基礎
 2.1 各種熱処理(鋳造および展伸材)
  2.1.1 はじめに
  2.1.2 均質化処理
  2.1.3 焼なまし処理
  2.1.4 時効熱処理(熱処理型合金:鋳造材および展伸材)
   (1) 溶体化処理
   (2) 焼入れ
   (3) 時効熱処理

第3回
  2.1.4 時効熱処理(熱処理型合金:鋳造材および展伸材)(続き)
   (4) 鋳造用アルミニウム合金に関わる熱処理

第4回
 2.2 アルミニウム合金の時効熱処理の基礎現象
  2.2.1 はじめに
  2.2.2 時効熱処理による析出現象の基礎
   (1) 水溶液からの析出現象
   (2) 過飽和固溶体からの析出
    (ⅰ) 合金状態図およびギブズエネルギー(自由エネルギー)

第5回
    
(ⅱ) 拡散現象
     (a) 定常状態での拡散
     (b) 非定常状態での拡散

第6回
    (ⅲ) 析出相変態
     (a) 核生成-成長

第7回
     (b) スピノーダル分解
     (c) 不連続析出
    (ⅳ) 析出反応速度

第8回
3.時効硬化型アルミニウム合金の析出過程と時効硬化
 3.1 はじめに
 3.2 Al-Cu系合金の析出過程
  3.2.1 Al-Cu合金
  3.2.2. Al-Cu-Mg合金

第9回
 
3.3 Al-Mg-Si系合金
  3.3.1 Al-Mg-Si合金
  3.3.2 Al-Si-Mg系合金(AC4C系合金)
 3.4 Al-Zn-Mg合金

第10回
 3.5 各合金のGPゾーン、中間相および安定相

第11回
 
3.6 時効硬化挙動(析出相と転位との関係)

第12回
4.析出組織制御と熱処理
 4.1 マイクロアロイング元素
 4.2 制御時効熱処理
  4.2.1 二段時効現象
 4.3 鋳造用アルミニウム合金の時効熱処理条件
5.おわりに