誰でも分かる技術

誰でも分かる鋳物基礎講座

アルミニウム合金の時効熱処理と析出硬化(第8回)

東京工業大 精密工学研究所 先端材料部門
教授 里 達雄
3 時効硬化型アルミニウム合金の析出過程と時効硬化

3.1 はじめに

 時効析出現象はアルミニウム合金を高強度化する最も有効な手法であり、時効硬化する合金は熱処理型合金とよばれ、非熱処理型合金と区別されていることはすでに述べた。展伸材では、Al-Cu-Mg系合金(2000系)、Al-Mg-Si系合金(6000系)、Al-Zn-Mg(-Cu)系合金(7000系)、Al-Li-Cu-Mg系合金(2000系、8000系)などがあり、鋳造材ではAl-Cu-Mg系合金(AC1B)、Al-Cu-Si系合金(AC2A、AC2B)、 Al-Si-Mg系合金(AC4A、AC4C、AC4CH、ADC3)などがある。

  時効硬化型アルミニウム合金の場合、安定相の形成の前段階に種々の準安定相が形成される。準安定相の形成においては障壁エネルギーが安定相の形成の場合よりも小さいからである。すなわち、図23 に示すように安定相の析出の障壁エネルギーに比べ、GPゾーンや中間相θ’相の析出の障壁エネルギーの方が小さい7)。そのために安定相の前段階としてGPゾーンや中間相が形成される。

図23  GPゾーンや中間相θ’相((a)~(d))と安定相(e)の析出の障壁エネルギー7)

3.2 Al-Cu系合金の析出過程

3.2.1 Al-Cu合金

 析出強化は合金を強化する最も有効な手法であり、これは時効硬化現象としてアルミニウム合金において初めて見出されたものである。図24にAl-4%Cu合金を793 K(520℃)で溶体化処理後に水焼入れし、室温~453K(180℃)の各温度で時効したときの時効硬化曲線を示す8)。時効の進行とともに硬さが大きくなり、亜時効、ピーク時効、過時効の段階が存在する。これらはAl-Cu合金中でおこる析出現象に起因するものである。析出組織については後述する。

図24 Al-4%Cu合金の室温~453Kの時効硬化曲線8)

 また、図25にAC1B合金(Al-Cu系合金)について、510℃で溶体化処理後に焼入れし、各温度で時効したときの引張強さ、耐力および伸びを示す。いずれの合金でも時効とともに強度は増大する。一方、伸びは時効とともに減少する傾向が認められる。時効硬化はこの時効温度範囲では時効温度が高いほど速く進行する。

図25 鋳造用アルミニウム合金(AC1B:Al-Cu系合金)の
時効熱処理による析出強化(時効温度:160℃、180℃、200℃)

 Al-Cu合金は析出硬化型合金の中でもっとも基本的な二元合金であり、析出過程は、
  α → GP(1) Zone → GP(2) Zone(θ”)→ θ’ → θ
(θ’、θ相:Al2Cu)
(25)

と表わされる。1938年にGuinierとPrestonが初めて時効硬化初期にCu原子の集合体(クラスタ)が形成されることを見出し、これらはGuinier-Preston Zoneあるいは単にGPゾーンと呼ばれている。GPゾーンは母相に整合で、Al-Cu系では大きな整合ひずみを有し、微細に析出し、大きな時効硬化をもたらす。

 Al-4%Cu合金のGP(1)ゾーンおよびGP(2)ゾーンの電顕組織を図26に示す。GP(1)およびGP(2)ゾーンは母相の{100}面に平行な板状の形をしている。GPゾーンの周囲には黒いコントラストが認められ、大きな格子ひずみが存在する。 GP(1)ゾーンは通常Cu原子1原子層の構造になっているが、複数の層で構成される多層GPゾーンも存在することが知られている。GP(2)ゾーンの典型的な層構造は2枚のCu層が3枚のAl 層をはさむ構造をしている。格子ひずみもGP(1)ゾーンよりは大きくなっている。続いて中間相のθ’が形成され、最終的には安定相のθが形成される。いずれも正方晶となっている。また、時効に伴って格子定数も変化する。時効が進行すると母相中に固溶している溶質原子が減少する。溶質原子の大きさが母相のアルミニウム原子の大きさと異なれば、固溶量の変化に応じて格子定数も変化することになる。Cu原子はAl原子に比べ、原子半径が約10%小さいため、固溶量が多くなると格子定数は小さくなり、逆に固溶量が減少すると格子定数は大きくなり、純Alの格子定数に近づく。図27にAl-5%Cu合金およびSnを微量添加した合金について、190℃時効に伴う格子定数の変化を示す9)。図の斜線の部分で格子定数が大きくなっている。これらは時効に伴いθ’相が析出し、母相中のCu固溶量が減少していることを示している。このように析出に伴い、格子定数が減少することが検出され、さらに変化の進行から、Snが微量添加されているとθ’相の析出が促進されることがわかる。析出がほぼ終了すると格子定数はほぼ一定となり、いずれも純Alの格子定数に近い値となる。

図26  Al-4%Cu合金の析出相の電顕組織。(a)GP(1)ゾーン(150℃, 30min)、(b)GP(2)ゾーン(150℃, 3.5h)、(c)GP(2)ゾーン+θ’相(150℃, 250h)、(d)θ’相(200℃, 2h)
図27 Al-5%Cu合金(Sn含有)の190℃時効における格子定数の変化9)。
合金は520℃で2hの溶体化処理後に氷水焼入れ

 

3.2.2  Al-Cu-Mg合金

 Al-Cu合金にMgを合金元素として添加すると、時効硬化性がさらに増大する。これは、Al、Cu、Mg原子を含むGPBゾーンが微細均一に形成されるためである。GPBゾーンはAl-Cu合金のGPゾーンとは異なり、細い針状の形をしている。図28にAl-4%Cu-1.5%Mg合金に形成されるGPBゾーンを示す。GPBゾーンには層構造が異なるGPB(1)ゾーンとGPB(2)ゾーンが存在する。Al-Cu-Mg合金の時効析出過程は、

  α → GPB(1) Zone → GPB(2) Zone → S’ → S
 ( S’、 S相:Al2CuMg)
(26)

となる。Al-Cu-Mg合金では転位ループやヘリカル転位が形成されやすく、これらは析出相の不均一核生成サイトとして作用する。中間相としてS'相がラス状に形成され、さらに長時間の時効では安定相のS相が形成される。

28 Al-4%Cu-1.5%Mg合金のGPBゾーン(a, b)およびS’相(c)。
(b)は(a)をやや傾けて撮影。S’相はラス状に析出
(GPBゾーンは微細な棒状。少し傾斜して観察すると棒状が見えやすくなる)

参考文献
7) D. A. Porter and K. E. Easterling: Phase Transformations in Metals a nd Alloys, Chapman & Hall, 2nd Ed., (1992), 296.
8) 里 達雄: アルミニウム合金の強度(小林俊郎編著)、内田老鶴圃、(2001), p61.
9) 渡辺、岡本、河野:軽金属、25(1975), p294