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誰でも分かる鋳物基礎講座

アルミニウム合金の時効熱処理と析出硬化(第4回)

東京工業大 精密工学研究所 先端材料部門
教授 里 達雄
2 アルミニウム合金の時効熱処理の基礎

2.2 アルミニウム合金の時効熱処理の基礎現象

2.2.1 はじめに

 1906年,ドイツのWilmによって時効硬化現象が初めて発見され,ジュラルミン(Al-Cu-Mg系合金)が開発されて以来,時効析出挙動,析出相の構造・組織形態,析出速度などについてこれまで多くの研究・開発が行われてきた.時効硬化現象は,時効熱処理により母相中に微細な(ナノスケールの)析出相が形成されることによる析出硬化である.合金の過飽和固溶体から新しく別の固相(固溶体,金属間化合物相など)が形成される現象が析出である.析出は溶質原子の固体内拡散によって進行する拡散相変態であり,基本的現象は合金状態図ならびにギブズエネルギー変化(自由エネルギー変化)に基づいて理解されるものである.以下にそれらについて要点を述べる。

2.2.2 時効熱処理による析出現象の基礎

(1)水溶液からの析出現象

 合金の過飽和固溶体からの析出現象を扱う前に、身近にある過飽和水溶液からの析出の例について述べる。水溶液とは、ある物質が溶けている水のことである。たとえば、砂糖水は砂糖(溶質)が水(溶媒)に溶けた(溶解した)水溶液である。水溶液の濃度は、たとえば、

濃度(%)={(溶質の質量)/(溶液の質量)}× 100             (2)


図6 各種物質の水に対する溶解度の
温度依存性。温度が高くなると溶解
度は大きくなる1)。
(溶解度は水100gに対して飽和したと
きの溶質のグラム数で示す。)

のように表される。この場合は質量パーセント濃度となっている。
物質を溶媒に溶かす場合、溶ける量には限度がある。この限度まで溶けたときが飽和であり、そのときの水溶液は飽和水溶液とよばれる。また、飽和水溶液となっているときの溶質の質量をその物質の溶媒に対する溶解度という。この溶解度は温度に依存して変化する。いくつかの物質について溶解度の温度依存性の例を図6に示す1)。ただし、ここでは溶解度として溶媒(水溶液では水)100gに対して飽和したときの溶質のグラム数で表していることに注意していただきたい。この曲線はそれぞれの物質の溶解度曲線とよばれるものである。図6に示されるように、一般に溶解度は温度が高くなるほど大きくなる。すなわち、水溶液中により多くの物質が溶解することになる。従って、
高温で飽和水溶液または高濃度水溶液となっているものを冷却すると、
溶解度を超えた溶質が溶けきれずに固体として出てくる。これを析出と
よんでいる。
 以上のことは日常経験でもよく知られた現象である。これと類似の現象が合金固溶体中でもおこる。上記の水溶液に対応するのが合金の固溶体であり、溶質原子が飽和に固溶した状態が飽和固溶体である。合金固溶体においても温度が高いほど固溶量(溶解度)は大きく、従って、高温において高濃度となっている合金を冷却すると、溶解度を超えた溶質原子が析出する。溶質原子はほぼ単独として析出する場合も、固溶体を形成する場合も、また、化合物として析出する場合もある。これらはいずれも相であり、析出相とよばれる。析出相は溶媒元素(たとえば、アルミニウム)の中に出現する。析出相を形成するためには原子の拡散が必要となり、拡散の速さ、すなわち、拡散速度が重要な因子となる。

 いずれにせよ、合金中での析出現象は以上のように水溶液からの析出と共通する現象であるが、どのような析出相が形成されるか、合金組成の影響はどうか、また、温度によってどのように変化するか、さらには析出相の形成速度はどうかなど、より詳細に知るためには合金状態図や速度論的な理解が必要となる。そこで、以下に若干の数式が出てくるが、定量的な理解に要する基本原理を述べることとする。

(2)過飽和固溶体からの析出

(ⅰ)合金状態図およびギブズエネルギー(自由エネルギー)

 合金の過飽和固溶体から新しく別の固相(固溶体、金属間化合物相など)が形成される現象を析出とよんでいる。析出は溶質原子の固体内拡散によっておこる拡散相変態であり、前述のように基本的には合金状態図ならびにギブズエネルギーをもとに説明される現象である。図7に模式的な合金状態図と時効過程進行での温度条件を示す。合金状態図は、A-B二元合金を想定し、α固溶体およびα+β二相領域が示されている。溶体化処理温度Tsではα固溶体になっている組成の合金は、温度の低下(冷却)によりα+β二相領域となり、β相が出現することになる。α単相領域から急冷すると過飽和固溶体となる。この過飽和固溶体を適当な温度で時効すると、β相が析出する。この過程を図7(b)に示す。時効温度によって常温時効(自然時効)や人工時効(高温時効、焼もどし時効)と呼ばれる。なお、T4、T5、T6はそれぞれに対応する調質記号である。


図7 析出相分解現象の基礎(合金状態図と熱処理操作)

さらに、図8に組織変化を状態図と対応させて模式的に示す。各①から⑤の組織は状態図の同じ番号の温度で形成されるものであり、以下のようになっている。

  1. 均一固溶体状態:合金元素は完全にα相の中に固溶している。
  2. 過飽和固溶体:焼入れにより溶質原子は過飽和固溶体状態となっている。また、併せて空孔が過剰に導入された(凍結過剰空孔)状態となっている。
  3. 準安定相の析出:比較的低い温度での時効により、準安定相が析出する。準安定相に複数の種類が存在可能であり、いずれも微細であるため、光学顕微鏡では観察されない。
  4. 安定相の析出:比較的高い温度で時効すると安定相が析出する。高い温度で掲載される安定相は比較的大きく、光学顕微鏡でも観察可能となる。
  5. 安定相の析出:徐冷により、冷却中に安定相が析出する。この場合は徐冷であるため安定相は大きくなる。特に、結晶粒内および結晶粒界に析出がおこる。
以上が、状態図および熱処理過程に対応した模式的組織変化である。これらの変化は原子の拡散によって進行するものであり(拡散相変態)、拡散現象は重要な基本となる。そこで、次に基礎となる拡散現象について簡単にまとめておくこととする。

図8 合金状態図と熱処理による組織形成の模式図
状態図中の①~⑤に対応する組織を右側に示す。

参考文献
 1) 石井忠浩監修:自由自在理科、受験研究社、(2009)、 p97